少しずつなくなっていく技術 鋳造ゴム印で領収書にハンコを押したい【第4回】

仕上がり確認

鋳造ゴム印というハンコを知っていますか? 「鉛で作成された小さなハンコのような“活字”を組み合わせ」「石膏で型をとり」「ゴムで文字を写しとる」そうしてできあがる手造りのゴム印のことです。

その製作過程は、さきほどのように、言葉にすると簡単そうなんですが、手間もかかって、時間もかかる、だけどできあがったゴム印には、ちょっとあたたかみがある。そんな、昔ながらの造り方なんです。

この鋳造ゴム印、より簡単に、より大量に、より均一的な商品を供給することを目指した結果、

日本から姿を消そうとしています。

十字町商店会の中には、そんな鋳造ゴム印を、今も手造りで提供しているハンコ屋さんがあります。

鋳造ゴム印のこと、そしてハンコのことを聞きながら、完成までの工程を追っていきます。

連載第1回

活字を拾う

少しずつなくなっていく技術 鋳造ゴム印で領収書にハンコを押したい【第1回】

2018年7月3日

連載第2回

石膏をのせる

少しずつなくなっていく技術 鋳造ゴム印で領収書にハンコを押したい【第2回】

2018年7月4日

連載第3回

専用万力にセット

少しずつなくなっていく技術 鋳造ゴム印で領収書にハンコを押したい【第3回】

2018年7月5日

最終回

仕上がり確認

少しずつなくなっていく技術 鋳造ゴム印で領収書にハンコを押したい【第4回】

2018年7月6日

焼きの様子を見る五十嵐さん

プレスして焼きを入れている間も、温度計から目を離すことはできません。

細かく確認しながら、時間経過を見守っていきます。

━━室温が上がる分、夏場は特にキツイですね。季節で仕上がりも変わるんでしょうか。

五十嵐さん 変わるね。夏場と冬場だと石膏やゴムの固まり具合に違いがあるから、昔はよく統計をとったりしていたよ。

温度の覚え書き

五十嵐さん 室温管理の効く大規模な機械作りとは違うから、こういうところに気をつかわないとね。

特に焼きを入れる作業は、とにかく温度を下げない、上げない、この2点が大切。だから、作業に入ると電話がきたりしても出られないんだよ。

取りだし準備

5分30秒経過したところで取り出します。

当て布をはがす

ゴムの仕上がりを確認する瞬間。ぴりっとした空気が流れます。

仕上がり確認

五十嵐さん おおむねOK。だけどちょこっとダメかな。少し文字のところに石膏が残っている。

おおきな失敗としては、ゴムにスが入ったり、石膏にスが入ったりして割れることなどがあるんだけど、これが何度実験しても理由が不明で。それがないから、今回は良しとしよう。

━━原因不明のトラブルも起きるんですね。今回も拝見したところダメな部分が分かりません。

五十嵐さん こればっかりは何回やっても、数回に一度起きるんだよ。まあ、今回もプロからするとね。

文字のところに石膏なんかが残ってるでしょ、これを取り除く作業が発生する。ゴム印として使用するのに問題はないけど、一手間かかってしまうから、ちょっと失敗。

カッティング

何人か分を一緒に作成しているので、仕上げにゴムを切り離していきます。

このゴムが取りだしたばかりなのですごく熱いんですが、五十嵐さんは気にせず作業していきます。

細かい調整

そして切る工程に迷いがない。とても簡単そうに切っているように見えるんですが、刃先が波打ったり、文字まで切ってしまえば作業はやり直しです。

長年の経験がなせる技。見ている僕の手が震えます。

切り離したら、少しついている石膏を丁寧に取り除きます。

スポンジを用意

両面シールになっているスポンジに貼り付け…

スポンジに貼り付ける

再びカッティング。

細かくカット

形を整えて、ようやく完成…ではなく、まだまだ作業は続きます。

台木を用意

続いて台木を用意します。

持ち手の取り付け

これに持ち手をつけ…

ゴムの貼り付け

さきほどのゴムを貼り付けたら…

完成

ようやく完成です。

時間のかかる、緻密な作業の数々。誰でもすぐにできるというものではありません。見ていて分かるように、作業の端々には長年の勘が必要な部分も。

こんなことを言ってはなんですが、機械作りのものがおもちゃに見えるような職人技に、感動すら覚えます。

これだけの作業が発生しても、ゴム印という商品の特性上、高い金額で販売することはできません。大きさにもよりますが、数千円を超えた金額では売れないものなんです。

最後に、五十嵐さんにゴム印とは、どのような存在なのかについてお聞きしました。

五十嵐さん 僕は、修行時代にゴム印なんかの制作から入ったから、ゴム印造っているときが一番たのしいかもしれないね。

すごい複雑な組み合わせのものとかも造っていたからね。そういうのは、できあがった瞬間の喜びも格別。

丁寧に使用すれば、鋳造ゴム印なら30年くらいは使用できる。使い方が粗い人が多いので、10年くらいが寿命ということになる場合が多いかな。

━━会社生活10年ともなれば、ずいぶん長く一緒に働く相棒みたいになってきますね。1万円で作成したとしたって、月80円なかばくらいとは破格のお値段だと思います。

五十嵐さん 1万円で販売できたらいいんだけど、実際はその半分もしないよ(笑)。まあ、月80円よりも安い機械づくりがいいってなったら、もう何も言えない(笑)。

鋳造ゴム印は1品ものになる。せっかくご自身の会社や事業だから、ちゃんとしたゴム印押して、ちゃんとした実印押して、そうした方がいいと思うけど。

合理性のみを求めるなら、機械で作ったもっと安いやつを使用したいという人もいるんだよ。

気持ちはこもっていなくても、仕事はできる、そういう人は、それでいいと思うんだよね。

うちも、安く作ってくれと言われれば下請けさんに出すこともある。安くあげるなら、鋳造ゴム印にすると手間がかかるからね。

━━最期にこれからゴム印を造ろうと考えている人に一言お願いします。

五十嵐さん ウチは、何に使用するゴム印なのか聞くところからスタートするから。まずは、どんなことに使うのか相談してほしいね。それと、ネットで注文できるものみたいに、すぐはできないよ。なにせ、今日のような工程を経るから(笑)。

見本帳

1日鋳造ゴム印の制作を拝見して思うのは、こまかなところまで気をつかうということ。それはゴム印が、使い捨てではなく、1度造ったら、使い続けるためのこと。

仕事の始まりに見積もり書や契約書に押し、仕事のおしまいに請求書や領収書に押す。そんなとき、誰かが心をこめて造ってくれたものであれば、あなたの仕事の成果に、なにかが起こるかもしれませんね。

領収書に押してみる

できあがったゴム印

最期に、五十嵐さんに作成していただいたゴム印を領収書に使用してみました。

領収書

ね、ちょっといいでしょ。

住所と電話番号は、一緒にお仕事した人だけのヒミツです(笑)。

あなたも、鋳造ゴム印、おひとついかがですか?

教えてくれたのは…

五十嵐印章店
各種印鑑製造販売
住所 小田原市南町4-1-53
電話 0465-22-5500
営業時間・定休日 お問い合わせください

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ABOUTこの記事をかいた人

編集者、ライターの のじさとしです。ラーメンを食べると胃にくる30代。新聞社→出版系の編集プロダクション→自転車屋さんとライター編集業の兼業、と順調に一般社会人のレールを外れています。商店会では撮影、ライティングなどを担当しています。