鋳造ゴム印というハンコを知っていますか? 「鉛で作成された小さなハンコのような“活字”を組み合わせ」「石膏で型をとり」「ゴムで文字を写しとる」そうしてできあがる手造りのゴム印のことです。
その製作過程は、さきほどのように、言葉にすると簡単そうなんですが、手間もかかって、時間もかかる、だけどできあがったゴム印には、ちょっとあたたかみがある。そんな、昔ながらの造り方なんです。
この鋳造ゴム印、より簡単に、より大量に、より均一的な商品を供給することを目指した結果、
日本から姿を消そうとしています。
十字町商店会の中には、そんな鋳造ゴム印を、今も手造りで提供しているハンコ屋さんがあります。
鋳造ゴム印のこと、そしてハンコのことを聞きながら、完成までの工程を追っていきます。
連載第1回
連載第2回
連載第3回
最終回
前回までに石膏練りにまで進んだ鋳造ゴム印造り。
ここから30分近く石膏を練り続ける必要があるため、この間に五十嵐さんに鋳造ゴム印についてうかがってみましょう。
━━現在、少しずつ技術の継承が行われなくなっている鋳造ゴム印ですが、最盛期はいつごろだったんでしょうか?
五十嵐さん それはバブルの頃だね。一般の人や企業のお客さんも多かったけど、特に役所の関係はすごかった。僕は父が役所を中心に営業周りしていたから、とにかくいろんな種類のゴム印を作成した。
今はなんでもプリンターで印刷するようになったから、最盛期から比べれば10分の1くらいの製造量になってしまって。
━━最近はどのようなお客さんが多いんですか?
五十嵐さん そうだなあ、起業した人などが多いね。ただし1度造るとそうそう再製造というのはないから、今後も徐々に目減りしていくと思う。
━━そうなんですね。「印」といえば、古くは海上貿易や政治において、なくてはならないものだったと思います。徐々になくなっていくというのは、なんだか信頼できるものがなくなるような気もしますね。
五十嵐さん うん、あまりニュースとかにはなっていないけれど、少しずつ問題になっているよ。たとえば、鋳造ゴム印ではなく印鑑の話だけど、現在は法人の立ち上げ時に代表者の実印が必要なんだよね。でも、それを廃止しようという動きもある。
ハンコ屋さんの間では反対運動をしている人もいるんだけどね。今はなんでも簡単に、手軽に、だから。国としてももっと簡単に手軽に起業してほしいという願望の表れなんだろうね。印鑑を製作する費用も浮くし、より早く手続きも済む。時代の流れなのかもしれない。
━━それはまた国もおもいきったことをしますね。より手軽に安価で起業できるようにすることで、実態のないような企業も出てくるような気がしてきました。
五十嵐さん どうだろうね。実印なんかは特に、1つ1つに違いがあるから、印鑑をついた書類の信用というのが担保されている。だけど、それがなく、最近よくある電子契約書のような形態だと、実際にはものとして存在しない。場合によっては、後から手を加えることもできるかもしれない。あくまで可能性の話だけど、それをどこまで信用できるものなのか。いいか悪いかではなく、まだ僕には判断できないな。
姿形のないものを、どこまで正確なものとして保存し続けられるか。そういう世の中になってみないと分からないことがきっと起きると思うよ。
石膏に、徐々にねばりが出てきました。この石膏練り、実は結構重要な作業で、この練りがうまくないとスが入って石膏が割れてしまうこともあるとか。
━━現在文房具屋さんや、ネット通販で購入できるゴム印は、石膏などは使わないんですか?
五十嵐さん そうね、今こうやって石膏を使用しているところはほぼないと言っていいと思う。機械でフィルムにプリントしたものに、化学薬品で型を作るというのがほとんどだよ。プリントして作るから、大体同じものができあがる。
そもそも、鋳造ゴム印自体、全国でも珍しい技術だよ。そのうち、世の中からなくなっていくよ。
━━会社同士の契約など、大事な場所で使用するものですから、やっぱり手造りで気持ちが入ったものの方がいいような気もするんですが…。
五十嵐さん より楽で、安価なものを、と考える人が多いんだろうね。契約書なんかをそんなには重要視していないのかもしれない。実印を彫る作業も、ロボットやレーザーを使用して作るものが一般的になっていきている。いろいろ事情があるだろうから、大きなことは言えないけど、それでいいという人は、それでいいんだよ、きっと。
ゴム印も実印も長い付き合いになるものだから、僕は、あんまり好きじゃないけどね。
石膏が練り上がったら、活字をはめた枠にかぶせたゴム部分にのせていきます。
ここまでだけでも結構な重労働です。
石膏をすべてのせ終えたら…
紙をかぶせます。マンガ雑誌のページなんかが良いそう。たくさんマガジンが置いてあるので、五十嵐さんはジャンプ派じゃないのか、とか思っていましたが、この作業のために用意していたんですね。
紙の上に鉄板をのせ…
プレス機で石膏をぴっちりとさせるよう圧力をかけます。
創業当時から使用する年季の入った道具です。使い続けているからこそ、感覚でどのくらい締めればいいのかなども分かるよう。
━━機械で作ったものということは、どれも同じものになると思うんですが、犯罪とかに悪用されたりしないんでしょうか。
五十嵐さん うん「機械で作った」ということは手彫りと違って「おなじ機械を使えば同じもを作れる」ということだから、実際犯罪に使用されることもあるらしいよ。
特殊なスキャナーで取り込んで、実印を再現したコピーを作られたり、警察からうちに「この印鑑作りませんでしたか」って問い合わせがあるときもある。
ただ、うちはほとんど手彫りだから再現はできないと思うな。
あとは、実印をなくしてしまった人とかね。押した書類なんかを持ってきて、これと同じものを彫ってくれって。いや、できない、と断ると、今度は大体似たものでいいって。手彫りなんだから、大体似たものっていうのも難しいのよ(笑)。
プレスして10分ほどで石膏が固まります。
枠からはみ出して固まった石膏を取り除き…
取り外します。
ここで仕上がりを確認。
僕のような素人には、キレイな文字列に仕上がっているように見えるんですが、五十嵐さんの厳しいチェックは続きます。
この石膏をガスで焼いてより固くしていきます。
ここまでで、だいたい1時間くらい。まだまだ作業は続きます。
さて、ようやく焼きへと移行します。次回は、明日更新です。
第3回へ続く