小田原市の十字町商店会に所属するクリーニング屋さん、柳屋クリーニング。
丁寧なクリーニングと地域密着型のお仕事は、高クオリティなことで有名です。
そんな柳屋クリーニングさんが12年間続けていること。それが、ニュースレターの発行です。
最近にわかに注目されてきた、個人商店でも使用できる身近な広告ツール。
長く続けている意味、効果は? そんなことをお聞きします。
訪問時に発行されたニュースレター。画像・テキスト・イラストがふんだんに盛り込まれた4ページ構成です。
━━柳屋クリーニングさんの発行するニュースレターは、前田レターという名称ですね。
前田さん そうです。代表である僕の名前から付けました。柳屋というのは、実は屋号で。元々先祖が現店舗のある場所で旅籠を営んでいて。その屋号を受け継いでいます。
━━てっきりご名字が柳屋さんなのかと思いました。この前田レターは発行し続けて12年ということですが、最初に発行を考えたのに、きっかけはあったんでしょうか。
前田さん もう10数年前、異業種交流会に参加していて。そこのコンサルタントの先生がニュースレターをオススメしていたんです。最初は「自分で制作して、印刷すれば費用もそんなにかからないし、やってみよう」と思ったんですが、だんだんと手間と時間がかかることが分かってきて…。
当初は毎月発行で、1号の制作に1週間はかかっていました。本業を続けながらなので、忙しい時期は本当に大変で。現在は隔月ペースにしていますが、やっぱり制作には時間がかかります。発行部数は毎月約500部。
現在は(2018年12月時点)第102号目を発行しています。
配布方法は、店頭への設置、配達時の手渡し、郵送です。500部のうち300部近くが郵送ですね。
━━ぶしつけなことをお聞きするようですが、実際売り上げに影響とかあるんでしょうか。
前田さん こんなこと言うとなんですが、分かりません。そもそも、ニュースレターって新しくお客さんを掴む、という目的ではないんです。既存のお客さんに、もっと柳屋クリーニングのファンになっていただく、より新しい技術などを紹介して便利さを体感してもらう、自宅でもできるちょっとしたテクニックを盛り込む、など、売り上げを増やすよりも既存のお客さんとのコミュニケーションツールとしての機能が強い。
だから、売り上げにどの程度影響があるかは、発行をやめてみないと分かりません。ただ、内容についての質問があったり、読んだので依頼したい、という反響はあります。だから、売り上げを維持できている、と言えるのではないかなと思います。
━━異業種交流会でお知り合いになった人で、同じようにニュースレター発行を続けている人はいますか?
前田さん います。僕と同じように、しつこい人がいるんですね(笑)。たまに連絡をとったりすると、励まし合うというか、制作作業は孤独なので、1人だけでは続けるのが難しいんです。同じようにやっている人がいるというのは、勇気づけられます。コンスタントに発行していくためのカンフル剤です。
前田レターの創刊号の一面。現在のものとは違い全編手書きです
━━仲間がいるというのは心強いですね。現在の前田レターは読み応えもあって、商店の雰囲気も伝わってくるおもしろい内容だと思います。こちらは、スタートからどの程度で今の構成に落ち着いたんでしょうか。
前田さん マイナーチェンジは繰り返しているんですが、おおむねの構成が固まるまでに2.3年の時間が必要でした。実際に制作を始めてみると、何が書けて何ができないのかが分かってくるんです。
ここまでに発行したいという締め切りもあるので、最初の構想が壮大すぎると折り合いがつかない。そこで、2.3年かけて余計なものをそぎ落として、必要なものが残っていった。という感じです。
ほかにも、内容面の制作だけではなく、印刷などにも慣れやノウハウが必要なんです。当初はコンビニで印刷していたんですが、これが割高で…。のちにネット印刷を活用するとずっと安く印刷できることが分かったりして。
始めたばかりの頃は本当に手探り状態でした。無駄な費用や作業が多かったですね。
あとは、文章を書くのが恥ずかしくて…。
━━ご自身の理念などの部分ですか?
前田さん もちろん理念なんかもそうなんですが、文章を書くということ自体がそれまであまり経験のないものでしたから。
前田レターの冒頭は、経営者である私自身のことを知ってもらうために、日記的な内容にしています。そこに「こんなこと書いちゃっていいのか…」とか「これ読んで楽しいのかな…」なんて思いながら執筆をするので、恥ずかしかったんです。
お客さんは対面でお会いしたりしますからね、そんなときに、ニュースレターのことなんかを言われると当初は赤面していました(笑)。
━━そこからだんだんと制作になれてきて、現在は102号目を発行された訳ですが、日記的コンテンツはまだしも、2〜3面に掲載しているお客様へのクリーニングノウハウ系コンテンツは、ネタ切れになってしまうことはありませんか。
前田さん これは毎年、ある程度かぶってしまうものもあります。ただ、紙面のスペースは限られているので、ノウハウであっても全てを書き切れないことがあるんです。そこで、同じようなコンテンツであっても、セーターをダウンジャケットに変えるとかすると、切り口が変わって、内容も微妙に変わってくるんです。
だから、ネタが完全になくなるということはありません。まあ、自分でもよく続いているよなあ、と思うときはあります。
━━前田さんが、職人としての知識を豊富に持たれている証ですね。ニュースレターって商店とお客様にとって、どのような役割を持っているんでしょうか。
前田さん お客さんと商店の橋渡しというか、先述の通り、コミュニケーションツールです。いつもお店に来てくれるお客さんであっても、商店側が持っている考えなんかを、どの程度理解しているかなんて分かりませんよね。
自己開示、というんですが、自分の考えや理念、サービスとか、いろいろなものをオープンにして、自分のことや商店のことをより理解してもらう、そうしてファンになってもらうことが重要です。
ただ、コミュニケーションばかりを重視しては売り上げにつながらないので、売り上げにつながるコンテンツを広げていくというのも大切です。その際もなんでもいいから売ろう、という訳ではなく、お客さんにちゃんとメリットなどを伝えてあげる。そうすると、既にニュースレターで商店のことを信頼してもらえていれば「そういう風に言ってくれるならば買ってみよう」と購買へとつながります。
ニュースレターは、さまざまなことを説明するツールです。そのため、この「信頼」というプロセスが大切です。そして「信頼」というものは、ニュースレターや対面でのコミュニケーションを通して培っていくことができます。
━━コミュニケーションツールとセールスツールの2つの側面を内包しているかが大切なんですね。現代では商品紹介や、なにがしかのノウハウ記事であったり、通販のうたい文句などは、実際の開発者や売り主が制作しているのではなく、僕のようなライターやコピーライターが付けているということがほとんどだと思います。そんな中で、実際に現場でモノに触れて、実作業を担当されている人が制作するニュースレターというのは、通常の広告制作物とは一線を画したものであると考えられますか?
前田さん その通りですね。たとえばウチの場合で考えてみましょう。世の中にクリーニング屋はたくさんあります。その中で「料金が安いです」とは言えません。高くもないけれど、激安クリーニングと比べれば高いんです。
でも、その金額差にはちゃんとした根拠があります。どこまで丁寧に作業しているか、どのような溶剤を使用してどのように溶剤の管理をしているか、激安店のものよりも工程が多かったり、そもそものやり方が違ったりもする。
そういう部分は、現場で実際に腕をふるっている私しか分かりません。これは、作業現場を見ることのないお客さんは特に分からないですよね。それをちゃんと理解してもらう。そのためにニュースレターに職人本人が原稿を書いて、より分かりやすいように、写真やイラストなどを添えて発行する。そうして、仕上がりの違いに納得してお仕事を依頼してもらうというのに、ニュースレターは適しています。
━━情報過多の世の中にもかかわらず、いわゆる安さを売りにする大手は、正しい情報や比較するために必要な情報は明記されないことが多いですね。だからこそ、商店側がお客さんに情報を公開して、金額だけではない判断基準を設けてあげる、そういう意味で、ニュースレターは商店主が自分でペンを持つことに意味があるんだと感じました。
前田さん 大変ですけどね(笑)。慣れてきても制作には時間がかかるし、けれどもお客さんのためによりいいことはどのようなことか、と考えたときに、こういう媒体で説明してあげるというのは決してマイナスにはならないと思います。
━━今日は貴重なお話をありがとうございました。
いつも買う商品、いつも利用するサービス、その制作現場を覗く機会は非常に少ないと思います。目の前にある情報だけで、いくつかのサービスを比較するとなると、情報がなければ、明確に示されている金額を基準にするということはどのような商品・サービスにおいてもほとんどでしょう。
そんな中に、商店主の理念や考え方、またその商品・サービスの裏側を広めるニュースレターがあると、よりちゃんとしたものを、より丁寧なサービスを、よりクオリティの高いものを、と考える誰かに、正しい判断基準を設けてあげることができるかもしれません。
ニュースレターは、だれかの一生懸命な仕事を、ほかのだれかに“ちゃんと”伝えることのできるツール。
ぜひ、取り入れていきたいですね。