小田原藩消滅・廃城その後
小田原城廃城のその後 慶応4年(1867年)の箱根戊辰戦争での小田原藩の処分は藩主大久保忠礼永蟄居となり家督は大久保岩丸(大久保忠良)が相続した。 明治元年6月忠良は小田原藩知事に、明治3年小田原城廃城。小田原藩知事を免…
小田原城廃城のその後 慶応4年(1867年)の箱根戊辰戦争での小田原藩の処分は藩主大久保忠礼永蟄居となり家督は大久保岩丸(大久保忠良)が相続した。 明治元年6月忠良は小田原藩知事に、明治3年小田原城廃城。小田原藩知事を免…
益田孝(鈍翁)は鎌倉の別荘に行くと帰ってから体調が優れず、医者に相談したところ、より湿度の低い海3:山7の割合ぐらいのところがちょうどいいと言われ、親しい井上馨と同郷の野村靖(神奈川県令)に頼み小田原の板橋に居を構えた。…
益田孝(男爵) 鈍翁 嘉永元年(1848年)10月17日ー昭和13年(1938年)12月28日 佐渡市相川に生まれ、幼名徳之進、父鷹之助は箱館奉行を務めた後江戸に赴任、孝もヘボン塾に学び公使館に勤務、ヘボンから英語を学ぶ…
十字町ヒストリアで展示した災害資料です。ヒストリアで保管しています。ぜひ、ご覧ください。 ・小田原の地震 小田原は江戸時代から約70年周期で地震に見舞われてきました。 1573年 天正小田原地震 M7.0 1633年 …
十字町コロッケ、白秋の愛したコーヒーと、すこしずつ人気の出てきた十字町ヒストリアの物販コーナーです。 週末だけのごく短いオープンながら、多くのお客様にご利用いただきまして嬉しいかぎりです。 特に、十字町コロッケは好評で、…
週末限定販売の十字町コロッケ。皆さんのおかげで大変好評です! ご注文いただいてから揚げるサクサクの衣と、なめらかなジャガイモ、そして野菜の食感がおいしい! そんな十字町コロッケ、どんな風に作っているかを少しだけ公開しちゃ…
北原白秋が小田原に来たのは、1918年(大正7年)のことである。 その年4月には、十字町お花畑に居を構え、後に天神山の伝肇寺に小笠原の土民家風のみみづくの形をした茅葺の家を作って移り住んだ。 その後新築して、ここで長男隆…
十字町コロッケの販売を開始 十字町ヒストリアでは 土、日限定で十字町コロッケを販売しています。 野菜たっぷりのコロッケです。 今は枝マメも入っています 1個 100円で好評です、売り切れたらごめんなさい なお店内ではコ…
十字町商店会のホームページについて ここ十字町は現在の国道1号線筋は古くから東海道五十三次の宿場町として発展し、日本遺産として認定された箱根八里の起点でもあります。 ういろうさんが創業600年を誇り、江戸時代に創業された…