小田原用水(早川上水)について

現在の小田原用水取水口


上は昔の小田原用水取水口

 

小田原用水は北条氏綱が早川の上板橋から取水し、板橋の旧道を通り光円寺前で今の国道1号線出て(そこから暗渠)、山王川の手前まで(そこまで暗渠)小田原の街中を通っていた。各町内へは各所に埋枡をもうけ、各個に流れる水量を高さで調整した。

また、大窪村(現板橋)の田畑に農業用水としても供給していた。上板橋に分水の施設があった。板橋から南町に水路が延びていて、今でも名残を見ることが出来る。

取水口海抜約23mから山王口海抜約5mと自然の落差を利用して水を供給していた。赤痢やペストが流行った時は飲用禁止になった。

北条氏は結婚の引き出物として千貫樋用水を作ったり、又家康の江戸開府の時には神田上水、小石川上水など江戸の水の手本となった。

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金子 不二夫

十字町ヒストリア責任者、有限会社ユニオン商会代表 十字町ヒストリアはここ十字町の近現代の歴史を中心に展示しています。 十字町地区に居住した著名人、ここ小田原が受けた災害被害、豆相人車鉄道、軽便鉄道、国府津湯本馬車鉄道、電気鉄道、市内電車などの記録、小田原の神社仏閣、小田原用水(早川上水)山縣水道、益田孝(鈍翁)の小田原での業績、などを保管していますので、気軽にお申し付けください。